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東北地方太平洋沖地震に関する~大川総裁、三つの講義
- 2011-03-14 (月)
- 大川総裁講義シリーズ
大川総裁の講義『「諸行無常の風に吹かれて」-インドと日本』が衛星中継された。
黒いスーツで画面に現れた大川総裁は、開口第一声、
被災者の人たちにお悔やみとお見舞いを語り、
大川総裁「十分なお力になれなかったことを本当に申し訳なく思っております。」
と語りつつ、
大川総裁 「だが、全然予想していなかったわけではない。
2008年頃から、象徴的な意味ではあるが、『日本が沈んでいく感じ』と戦ってきた。(そのころから)、経済・政治的な意味も含め、全体的な意味で楽観的な見通しを述べていない。」
と、言葉を継がれていく。
続けて、1995年の阪神大震災のときの、幸福の科学の活動……
……派遣した職員が新幹線でついてみると、東京で受けた指示とは全然違う指示が現地から出ていた、被害規模が遥かに大きくなっていた……という逸話、「神戸は地盤がしっかりして地震など来ないと言われていた」「最初は軽く見て、芦屋などでは豪華な幕の内弁当が出回っていたが、段々被害の甚大さがわかってきた」
というエピソードをおりまぜ、
大川総裁「また来たか、という感じ」
という印象を語られた。この時点で、
大川総裁 「完全復旧までに三年かかるのではないか」
とさらりと予見しているのも災害の大きさを感じさせる。
しかし、日本人にとっての脅威は、ここから語られた内容なのである。
大川総裁 「マグニチュード8.8、日本列島を囲むように地震が起きつつある。
私の率直な感想として、『これで終わるかなあ』という気持ちは非常に強い。
直撃に当たる部分が出ていない。
もし都市直下型が来た場合にはこれですまない」
「いよいよ日本も危ない時期に入ってきた」
……講演の開始からここまでの語り口に、総裁が、ひどく辛い思いで言葉を出される時特有の口の重さを感じた会員さんも多かったのではないか。
その理由は、この一言にあったのではないかと、皆、感じたという。
総裁の目には、日本が、ついに危機の時代に突入したのが見えたのだ。
これは東北のみの出来事では終わらない。総裁の目には、はじまりに見えているのだ、と。
このあと講義は、映画「仏陀再誕」の三つのシーンにこめられた予言のうちの、一つ、津波のシーンの的中 ( これは、小生の回りの会員さんもみな地震が起きた直後に口にしていた ) と、インドでの総裁の講演会に関する、国をあげた対応と、省みての日本の宗教性の欠如に関する講義になる。
このあとの内容も興味深いものではあった。
だが、講義終了後、会員さんたちと意見をかわし合ったときに、出てきた感想は、講義開始十分のこの時点に関してのものだった。
皆、古い会員さん達は言った。
「先生はさっき、『全然予想していなかったわけではない』と語られたが、これ、とんでもなく控えめな言い方だよね」
「この講義だけじゃなく、ほかにも二本、この震災について先生は話しておられるよね」
と。
このとき、皆は、総裁の十年以上前の二つの講演を、それぞれが思い出して、慄然としていたのだ。
……どの講演か。
ご記憶の方もおられるだろうと思う。
まず、
大川総裁「東北では、仙台を中心とした地震。
これも津波をともなう可能性があります。」(1995年2月5日横浜アリーナ、ご講演「奇跡の時代を生きる」)
さらに、それ以前、1992年、4月26日仙台サンプラザ、特別公開セミナー「天国と地獄」の最後。
大川総裁「仙台を中心とする太平洋岸の東北の方々、あんまり脅したらいけないと思うけれども、世紀末までには大きな天変地異の起きる可能性が強いところです。
きわめてね、極めて強い…みなさんどきどきしはじめたけれども、極めて強いです。
具体的には地震と津波の心配があります。かなり大きいのが可能性としてあります。」
「これを防ぐ手立ては、はっきりいってありません。ありませんが、ただ、光が強くなりますと、相対的に弱まるということだけは、はっきりしております。まあ、幸福の科学の会員で満ちたなら起きないでしょうが、現実無理です。」
どちらも九十年代の講義。
小生たちをはじめ、多くの会員さんが、この両方を本会場で直接聞くことができたので、よく覚えている。
(もしも、上掲の両書をお手持ちで、未読の方は、是非書棚から出してお目をお通しになることをお薦めする)
ふりかえって胸が打たれるのは、十六~十九年の歳月を経て、いま、総裁の予言が的中したということだけでなく、当時、すでに総裁は、単なる予言をするだけでなく、この日が来たときのための、「信仰者の心構え」について丁寧に、熱心に、総裁が説かれていた、ということではないかと思われる。
あの時点で、日本人の誰一人、予想すらしていないこの日のための心構えと、心の備えについて、
総裁は、あのとき、ただひとり悟られ、訴えておられたのだ。
……なにも知らぬ聴衆の、私たちに対して。
以下、今回の更新では、長くなるが、ああ、総裁は、いま、このときのためにこの話をされていたのだなあと切なく思われるので、当時のノートから引用させていただきたい。
まず、92年の講演。先ほどの予言に続いて、総裁はこう語られている。
大川総裁「……しかし、信仰心をきっちり持っていますと、救われる可能性が多いです。地震で建物の瓦礫の中に埋まっても、救助されたり、或いは、津波が襲ってきても、まあ正会員だったら流木が流れてきてつかまることができる。
このくらいのことは、信じておいて大丈夫です。最悪、竜宮場の亀が出てきて救ってくれる可能性もあります。
まあ天変地異そのものはあちこちでおきましょうし、避けることは不可能ではありますけれども、ある程度皆様方に、奇跡の実証を与えてくれる場ではないかなと私は思いますから、安心して立ち向かっていただきたい。
万一、あの世にいった場合には、優秀なるコースが保証されていますから、これもまた安心していただきたい、とこのように思っております。
いずれにしても、今日で命が終わると思っていれば文句はないはずですから、まあ、後はね、残された命はもうボーナスですから、皆さん、生きている方々の幸福のためにつかう。まあこういう気持ちで生きられると思います。どうもありがとうございました。」
……これが92年の講演の結びであった。
「今日で生命が終わる」「残された生命はボーナス」「生きている方の幸福のためにつかう」……いずれも胸に重い言葉である。
また、前掲した1995年2月「奇跡の時代を生きる」
こちらは、もっと詳しかった。総裁は、
大川総裁「日本は “地震列島”といわれるだけあって、全国各地に震源地を持っています。これから世紀末の数年、および来世紀の初めにかけて、地震を中心とした災害が起きる可能性があると思われる地域を述べます。」
と前置きをしたあとで、次々に地名を挙げていった。
そのとき挙げた地名の一つが、上記で引用したように、仙台だったのだ。
この講義の書籍は、ほかにも総裁の目からみて危ない場所が十箇所ほど語られていたが予言された地震が十年以上どれも起こらなかったためか、あまり読まれることがなかった。
(なお、予言について、簡単におさらいすると、大本教の「火の雨が降る」予言も、予言から五十年遅れて空襲の形でやってきた、といわれており、予言の時間は、容易にずれる、ということが言われている。世紀末の危機の予言は外れた、というが、現状の人類の「お悟り」を見る限り、人類が災厄を回避できたとは思われない。外れたと言うよりは、今世紀にずれ込んで形を変えて現れてくると考えた方が自然だろう、と、会員さんは思っている)
だが、こちらの講義の言霊は、「天国と地獄」よりずっと烈々としていた。
このとき総裁は、阪神大震災で、全くマスコミが取り上げなかった幸福の科学の活動について述べている。
当時、震災が起きたとき、左翼の政治家により自衛隊入りが妨げられていた。このときに大規模な資金を投入し、いち早く公的な活動を立ち上げたのが幸福の科学だった。
まことに、口だけの政治家や団体ではない、ということを実証して見せ、その上で、大地震の背景にある人心の荒廃を改めなければならないことを説いた。
(余談ながら、このときに語られたマスコミのアンフェアぶりも、十数年経ってなお、いささかも変わっていないかのような印象を受ける)
しかし、この講義でいちばん強烈なのは、その後、日本を襲うであろう災害の可能性と、最後に語られた、信仰者たちに対する熱烈な鼓舞の言霊だった。
当日、阪神大震災にうちひしがれながらも、講義を聴いた日本中の会員さんたちは、さらに来るかも知れない衝撃の危機の予告と同時に、ヘルメス神から、復興のための勇気の息吹を確実に吹き込まれたのをはっきりと感じたのである。
大川総裁 「天変地異のすべてを避けて通ることはできない。
だが、そのなかで、勇ましく戦い、多くの人びとの心を、生きる人びとの心を、救うことは可能である。
全員を救うのではなく、毎日、一人ひとりを救っていくこと、これに力を尽くしなさい。」
「その一人は、日本人であるだけでなく。地球人である」
「地球に一人分だけのユートピアが広がるのだ」
さらに、信仰について、こう語りかける。
大川総裁「真実の信仰に目覚めて生きている者は、永遠の生命が光り輝いている」
「あなたがたはそれを信じられるか。
信じられるならば、いかなる災害が、今後、身におよぼうとも、そのような世界を見ようとも、力強く光り輝いて、生きていきなさい。」
そして、講演の最後は、こう結ばれた。
大川総裁「試練に耐え、生き延び、力強く未来への福音を遺しなさい。
……あなたがたの活躍を、心の底より期待している。」
これらのメッセージを読み返すとき、再び信仰者たちは、師の言霊から勇気を吹き込まれるような気がする。
……この数日、日本を襲った現実は辛くて重く、左翼の政府と愚かなマスコミの姿はあまりにも情けなく、私たちは非力を感じるばかりだ。
しかし、同時に、すでにこれだけ豊かな言葉を総裁から預かっている。
その仏の愛が、私たちを支え、支え続けてくれる気がするのだ。
……いまはただ、一日も早い復興をお祈り申し上げ、出来る限りのご援助申し上げながら、来るべき災害に対して、物心の備えを充実させて、恥じることがなく生きて、戦ってゆきたいと祈るばかりだ。
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