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2012-09

『国を守る宗教の力』(3)  大川総裁「ふたたびの街宣」の意味

 これまで二回にわたって、九月二日の講演、「国を守る宗教の力」が、韓国政府の足を止めたのではないか、という見解を書いてみた。

 だが、この講演は、「外憂を防ぐ」だけでなく、日本人にとって、大きな「チャンス」の到来を告げている、と思う。
 なぜ、そう感じたのか。
 それは、今回の、総裁の見せた「怒り」の表情の「種類」にある。

 まず、幸福の科学の二十数年の講演、法話、活動を追いかけてきた人は知っていることだが、大川総裁という方は、愛の人であると同時に、教導のためにはげしい怒りをほとばしらせることのできる人である。
 あの深い愛の人が、ひとたび怒りを発すると、聞く者が震え上がるような激しさと迫力を解き放つ。
 総裁は、色々な時に、すさまじい「教導の怒り」を見せてこられた。
 記憶に残るそれらの姿で、一番深刻だったのは1990年5月、宝塚で行われた研修会だっただろうか。
 伝道に踏み切ることができない僧団に対して行った、血の出るような説法。居合わせた人なら同意してくれるだろう。あれほど切実な怒りと悲しみを総裁から感じたことは、未だにない。
 一般向けでは、初期の「反省の原理」、あるいは国技館での「仏陀再誕」等々。
 聴衆に厳しい内省をうながす、峻烈な霜のような厳しさがあった。
 対外的には、講談社と戦ったフライデー事件の時の九月の講演「希望の革命」。
 あのときのブラックジャーナリズムに対する激しい憤りは未だに効いていて、マスコミはそのために20年近く、幸福の科学に手出しすることができなかった。
 教団内に対しても、幾度も教導の怒りは発せられた。
 1990年代だったと記憶しているが、官僚化していく僧団を改革しようとされ、職員に対しすさまじく厳しい法話をされ、それを一般会員にも見せるように指示を出されたことがあった。その後も職員講師団に対しては、折々にかなり厳しい言葉を紡いでいる。

 だが、今回の「怒り」は、そうしたタイプのどれとも異なっている印象をうける。
 この「怒り」とよく似た表情を、前にも一度、見たことがある。
 2年前。
 やはり暑い暑い夏だった。
 あの年の夏、総裁は街頭に立ち、そして、吠えた。国を憂い、全国で日本人を叱り飛ばした。
 バラマキ政策を掲げた民主党を圧倒的に支持する日本人に対して、
 「日本人よ、あなたがたはいつから乞食になった!」
 と、総裁は街角で、道行く人に向かって、声をからして叫ばれた。
 ちょうど、今回の講演のように。
 九月二日、壇上で吠える総裁の姿は、あの時の姿と二重写しに感じられたのだ。
 その印象が正しいとするならば、
 今回のこの講演は、大川総裁による、世界を相手にした、「ふたたびの街宣」として位置づけられるのではないか。
 総裁は、この秋、日本に「政治の季節」が訪れる可能性がある、と読んでいる。
 ならば、その政治の季節のはじまりに、講演という形で、四十分にわたる「街宣」をふたたび、世界に向け、日本に向けて行ったのではないか。

 特筆すべきは、この講演は、布教所貸し出しが可能となったことである。
 この法話に関しては、布教所から要請があれば、貸し出されて布教所宅で見ることができる、ということだ。
 ……これはいまの幸福の科学としては、非常に珍しい措置だ。
 僧団は、1年ほど前から、対・週刊誌をにらんで、「現代の法難」対策を行ってきたように感じる。
 すなわち、法話の内容や映像が、拝聴者から外部に流れないようにしている。
 そのいっぽうで、霊言の映像の一部を編集した「公式版」を、どんどんYouTubeに出し、かつ、霊言の全内容については、尋常ではない速度でつぎつぎ書籍化して、大量に世に出す。マスコミから見ると、攻撃しようとしても、糸口がつかめないままに、台風のような勢力が突進してくる、といったところか。
 しかし、いま、その「守り」を破って、総裁自らが単身、外に飛び出した。
 それは、今回の法話が「街宣」にほかならないからである。
 そして、この講演が、総裁の「街宣」であるなら、2年前同様、問答無用で多くの人々に聞かせなければならない。
 そう位置づけると、「布教所貸し出し」の措置は大変に納得がいく。

 日本に、ふたたびチャンスが巡ってきた。
 これは、日本が、下りのトロッコの転換機のレバーを切り替え浮上するための、大きなチャンスだといえる。
 2年前、日本人は、誤った選択をして、あのとき大川総裁が倒れるまで街宣し、「伏してお願い申し上げます」と政見放送で頭を下げた姿を見ながらも、平然とそれを無視して民主党政権を選んだ。
 その選択の是非は、もはや、明らかだ。
 無残な2年間だった。
 とんでもない震災が、大小さまざまに起きて、対策の未熟さから人命が失われた。
 脱原発で死者が出た。
 国境は侵された。
 経済はひどいことになった。現時点でのダメージだけでなく、未来にまでも、不景気が、倒産が、不況が訪れるのは、確定したも同然だ。
 頭を抱えたくなる。
 しかし、2年前、総裁の戦いを笑い飛ばし無視した愚かな人々の国に対して、大川総裁からはただ一言の恨み言も聞かれることはなかった。
 むしろ、自らを嘲笑った国民に降りかかる国難に対し、ありとあらゆる手段を使って、不景気を、被災者を、外国からの侵略に無知な国民を、救おうと身を削られてきた。

 その人物が、ふたたび、激烈な獅子吼をもって、「街宣」をかけた。
 そして、その映像の全てを、一人でも多くの人に見せることで、「その時が来たことを告げ知らせよ」、と無言の指示を出している。
 それらのことを頭において、この講演を聞き返すと、総裁の激しい言葉の奥に、もう一つの声が聞こえる気がするのだ。

 『……わたしはもう一度、あなた方にチャンスを与えよう。
 2年前、あなたがたに与えたのと、同じチャンスを。
 耳ある者よ、聞け。
 聞く者よ、気づけ』

 その声なき声を受け止めて、この国が、もういちど繁栄へと向かう方向に歴史の舵を切って欲しいと、切実に願うばかりだ。 (了)

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